1945年の終戦より 70年が経ちました
昨日14日に 首相より 70年談話が公表され 私も 拝見させて頂きました
その後の 評価する人・しない人 色んな考え方や コメントが ネットで書かれています
それも 読ませて頂き それぞれの受け止め方があるんだと 感心しました
私ごときが 重みのある総理大臣の言葉に 何かを言えることは ありませんが ふと 思ってしまった
どんな正論を言おうが 正しい行いをしようが 人は おおよそ その事に対して 1割が声を上げて賛同し 2割の方が心の中で賛同し 4割の方が無関心で 2割の方が心の中で反対し 1割の方が声を上げて反対をする
それが 人の様な気がするな~
終戦記念日の 断食断水

0時を回って 家族で 蒸かし芋
毎年の恒例になりました
私達夫婦は この日 食事をしません 水も飲みません
長女は今日 友人と花火大会の約束があって 14日の日に自ら断食をして 自分なりに追悼しておりました
次男も 一人で 断食を していた
昨日 妻から 「明日 断食断水の日だね!」と 話しかけられた
『そうだったな!明日は終戦記念日か!早いな~っ』と 返すと 直ぐに 重い言葉を言われた
「私達ってさ~ この日 断食断水するけど 1日だけなんだよね 次の日になれば また 普通に食事 できるんだよね 」
確かに そうだと思った
そして 続けて こう言った 「やっぱり こうして 毎日ご飯が食べられるのって あの時代の人たちのお蔭だよね」って!
今年も 追悼の想いを持って 断食断水をさせて頂きました
0時を過ぎて 私達 夫婦と 次女・次男と 美味しく 蒸かし芋を食べさせて頂き 喉を潤す様に 麦茶を温めて 飲ませて頂きました
食べ物が食べれて 飲み物が飲めるって とっても 有難いです
今年の終戦記念映画は・・・・
空腹のピークと 断水で 頭がフラフラする中 鑑賞したのは 【終戦のエンペラー】でした
この映画は 終戦後の陛下を どのように戦犯者にしないかを 淡々と 大雑把に 進んで行く アメリカの映画で御座います
あくまで 戦争映画の評価は 御法度ですが 私的には それなりに良かったと思えました
中村雅俊が演じる 近衛文麿 のセリフは この戦争の根幹だと 重く受け止めてしまいました
【私達は欧米の真似をしたにしかすぎません なぜ 日本だけが・・・・】
戦争論を語るわけではありませんが たまに 思う時があります
人って 自分が やりたいことは 理由を付けて正当化して やろうとするが 本当に やらなければならない事は 自分に利が無いと やらないものですよね
でも 本当に やらなければ ならない事を見つけるのが 難しいんですけど!
送り盆 文化の違いや それぞれの想い!
我が家の お盆は 半紙に [ 迎える 送る ]と 書いて 丸めて お焚き上げをします
その後 お墓へ行って ホウズキを取って お参りをしてきました
今日 お店に 私のフランス人の友人と お話をしていたのですが フランスには お盆の様な 先祖を迎え入れる習慣がないそうです
私が 『お盆はね 無くなった先祖が お家に帰ってくるから 仏壇に お供え物をして 迎えるんだよ』って 説明をしました
すると彼は 「キモチワルイ!シンダヒトガ クルナンテ イヤジャナイ!」って 返した時には 大きな文化の違いを 感じてしまいました
それと 仕事の合間に 少し TVを見ていました
10年前に 放送された番組の再放送です
原爆の開発者が 60年経って 自分の開発した原爆が落とされた広島を 初めて訪れたドキュメンタリーだ
ちなみに 原爆投下時のエノラゲイから キノコ雲を撮影した人物です
その 一部分ですが 広島の原爆被災者二人と 原爆を開発したアメリカの科学者との対談で 私は 釘づけになってしまいました
科学者が 最初に 原爆の意味を 軽く説明 しはじめました
「(通訳)原爆は 一発で街を焼き尽くすだけで 何回かに分けて落とす空爆とは 回数が違うだけで 結果 原爆も 爆撃も 同じなんですよ 」と 淡々と 話した
その言葉に 対して 怒りが込み上げてきたのか 被爆者のお二人が 少し表情をこわばらせ質問をしました
「今日 初めて広島に 来られて 投下した後の惨劇と 目の前に居る私達を見て どう思われるのですか?」と 被爆者の方が聞く
科学者は こう答えた 「(通訳) これは戦争です この爆弾のお蔭で 私達アメリカ人の犠牲者が減ったのです そして あなた方が 被爆されたとしても あなた方も 戦争に協力をしていた人たちです 私たちは 戦争をしていたのです」と
被爆者のお二人は 不快な顔に変わりました
そして こう聞き返した 「この兵器を作ったことへの罪悪感は無いのですか?」
即答で 科学者は 「(通訳)ありません 私たちにも パールハーバーがあるから! 私の友人も そこで亡くなっています もし あなた方が 私を怨むのであれば それは違います 怨むのは あなた方の 戦争を始めた軍を怨んでください」と 答えました
続けて・・・・・
「(通訳)この戦争で アメリカ兵も沢山亡くなりました しかし あなたは 生きているではありませんか まだ 生きているだけ幸せですよね」 と
この言葉は 私には 痛烈に聞こえました
丁度 そこで フランス人の友人が お店に来たので TVを消して 彼と お盆の説明以外に 原爆についても 話してみた
彼の知識の中では 「アノ ゲンバクハ センソウヲ オワラセタ セイギノ バクダンダヨ」って 教えてくれた
戦勝国と 敗戦国の違いなのだろうか?
人とは やっぱり 奥が深い 同じ事でも 立場が変われば 見方や 考え方が 全然違うものになってしまうんだな
終戦記念日 戦死者ならびに戦災死者の顕彰と哀悼の意を表します