2020年6月17日水曜日

30回目の結婚記念日 コロナ過で どっこへも行けない!でも 忘れられない結婚記念日

本日 無事に 結婚30年を迎えました








何年も前から 計画していた 30周年の結婚記念日 



私は 妻の為に 北海道旅行へ 行くつもりでいました しかし コロナ禍で その計画は 諦めざるお得なくなりました





当然 毎年行っていた 映画も ミュージカルも 鑑賞できず 何にも無い記念日に!





結婚して 30年か~っ 色々あったなぁ~








30年もたてば 体も老いて・・・・ 


健康面では 腎臓硬化で食事制限 高カリウムで心肺停止の恐怖 不整脈で心拍数が38・・・  



気を抜けば いつコロッと逝くか分からない体になって OTL~




あんなに健康に気を使っていたのに 哀れなもんです










それに 家を新築して さぁ頑張るぞ!と思って 引っ越ししたら 裏面の家からの 騒音で 睡眠障害と一時的な難聴! 





ベル商店を4月から新規一転 始めたのに 新型コロナウイルスによる 売り上げの激減(昨年の30%の利益) 

そして 父親からの嫌がらせ・・・・ 個人事業主100万円の現金給付策「持続化給付金」を 申請の手続きをして 商工会の方と進めていたら 父親が 商工会へ行って 私達への給付の手続きを 止められて 全部 父親に持っていかれました




結果 私たちは 持続化給付金を受け取ることが出来ず 最悪の経営状態で 細々とした生活を送っています




未だに ケチケチの生き方を続けることに・・・・







50歳を過ぎて 結婚して30年経って 思うことがあります





それは・・・・・












人生はバランスで出来ているのかなっ~・・・・









子供の頃は 劣悪で あんなに惨めな家庭だったのに 大人になったら 愛溢れる家庭の中にいる



暴力と怒号の絶えない家族で で大人に成ったが 結婚後は 穏やかで温かい家族で子供を育てられた!



苦痛ばかりを与えられた親だったが 喜びを与えてくれる妻に出会えた



私の弟とは 喧嘩ばかりの兄弟だったが 私の子供達4人は とも仲が良い




所得は少なくて普段贅沢は出来なかったが 国内旅行より安い 海外の旅をさせてもらった





50年以上も生きてこれば 沢山の出来事が バランスよく できていることが分かる











温かい家族を作る 穏やかな日常を過ごす 夫婦仲良く暮らす





この 大きな目標に向けて30年の結婚生活を送ってきました






しかしながら 劣悪な幼少期を過ごし 幼稚なまま大人に成って 未だに成長できていない私にとって この目標は 艱難の山を登るようなものです





それでも 真直ぐ 王道を進むことが出来ないならば 曲がりくねった道を ゆっくりと 妻と 子供たちに助けられながら 登るしかないんだと 気づくこともできました






辛いこともあれば 楽しいこともある


嫌なこともあれば 嬉しいこともある


他人に迷惑をかけても 他人を救うこともある



大きな問題にぶち当たったならば それに打ち勝つ喜びもある





やっぱり 世の中バランスかな・・・・






不幸だと思っても 考え方を変えれば 幸せに感じる








そんな風に 30年間 妻と暮らして 思えるようになりました
















今年もいつものレストランで!
今年も 結婚記念日に行くレストランへ 行くことが出来ました


今年はメインのレストランの定休日に当たってしまったので もう一店舗の方へ




”所得が増えて 自分達が豊かになっても 結婚当初の頃の気持ちを 忘れないために 年に1度 食べるレストランの食事”










妻のメニューは30周年!

ハンバーグとカニクリームコロッケセット


30年記念なんで 妻だけ ちょっと贅沢をしてもらいました

1450円です



妻へのご褒美なんですが 妻は決して一人で食べようとはしません



私にカニクリームコロッケを半分に切って 渡してきました





こういうところが 長年の夫婦なんですね



そして このお店で初めて食べるカニクリームコロッケのお味は・・・





食べたことない味! 濃厚で味が濃い!カニのうまみがじゅわ~っと広がる!



こりゃ 贅沢な味だわ・・・・








私も30周年記念で・・・

ハンバーグスパゲティー

昨年から カリウム制限で野菜が食べられないので スパゲティーに変更

850円です




私も 妻から カニクリームコロッケを頂いていますので スパゲティーを 渡しました







このクリームソーダ―は 優しさで出来ている

「すみません これが 今できる 限界です・・・」









貧しかった若い頃 二人で1つたのんで 2つのスプーンで食べる 最高の贅沢だった クリームソーダ―  




こちらのの店舗は そのメニューが ありません



なので 裏メニューとして お願いするのですが 何やら 今年は 様子がおかしい・・・



私が
『すみません!メニューには無いですが クリームソーダ― 作ってもらえますか?』



若いウエイターが
「すみません クリームソーダ―は ないんです」



『分かっていますけど 以前 頼んだら 作ってくれたんで!』




「ハァ~ 以前は 作れたんですけど・・・・」と 困った顔で



『じゃ なんで 作れないんですか?』



「あの~ 実を言いますと 昨年まで クリームソーダ―を作れる方が 居たんですが その方が 辞められてしまって 今は 誰も作れないんです すみません」と 

申し訳そうな顔で 答えてきました




私は このクリームソーダの 思いを伝えました

『事情は 分かりました でも ここのお店のクリームソーダ―は 私達が 毎年 30年間 6月17日に食べ続けているクリームソーダ―なんです ずーっと この日に 二人で1つのクリームソーダ―を食べることが 私達の結婚記念日なんです』と・・・・




すると 若いウエイターは

「わかりました もし よろしければ 私が作ってみます 上手にできるかわかりませんが やってみます」と



私も妻も 彼の言葉に感激して

『ありがとう御座います ご無理を言ってすみません でも あなたのお陰で 私たちは 30周年記念の結婚記念日を 二人で祝うことが出来ます どんな形のものでもイイんです あなたが 作って下さるクリームソーダ―は 私達にとって 最高のクリームソーダ―になりますから』と 


私たちは 彼に 感謝の気持ちを 伝えました









そして 彼の言葉と共に 出てきた クリームソーダ―が お写真のものです



「すみません これが 今できる 限界です・・・」と言って










二人で30年間の思い出を!
彼が作ってくれたクリームソーダ―は 今までで 美味しく感じました


そして 毎年食べていると 直ぐ 無くなっちゃうアイスは 食べても食べても減らない!


多分 初めて作るクリームソーダ―なので 量の事を意識しないで作ってくれてんでしょう



ちょっと 大きいバラアイスになってたから





ゆっくり いつもより長い時間 アイスを頬張りながら 妻と話をしました









アイスを食べ始めると 妻が急に・・・・
「ね~っ 結婚して30年 一番楽しかったことは?」と 聞いてきました


私は 直ぐに答えます
『そんなの決まっているじゃん! お前と結婚できたことだよ!それと 長男が生まれた時・・・そう 親に成れたことが 一番うれしかったかな・・・』


妻は
「そういうのじゃなくて もっと具体的なの・・・」と聞き返してきました





なるほどと! そりゃ 30年も一緒に居れば 色んな事 沢山有りましたが ふと 頭を過ぎった家族の思い出を伝えます




『そうだな 格安で2週間フロリダに行った事かな 4人の時だったけど あれが 一番楽しかったかな』






「ふぅ~ん 2番目は?」と・・・・




『2番目? う~ん・・・ 長女の出産で お前の実家で 1か月暮らしたことかな! お前の親と一緒に暮らして こうゆうのが 家族なんだなって 楽しかった覚えがあるよ まっ 戻れるなら その時に戻りたいかな~』




「へ~っ そうなんだ じゃ 3番目は・・・」



『え~っ 3番目か 次男と世界中を旅した事かな あの旅で 父親を学べたし 人生観も変わって 自分の劣等感が 少なくなったな! 何より 色んな意味で 怖かったけど 充実感はあった! 』



私も 妻に 聞いてみた

『お前の結婚生活30年の楽しかったことBEST3は 何だよ?』



妻は 笑いながら答えました
「えっ~私~・・・・マー君と同じ!」



私もギャグっぽく
『なんだよそれ! ずっちな~・・・・』と


二人で 大笑い!











そして 妻が 
「じゃ 30年間で 嫌だったことは?」




そう来たか! 当然 これもBEST3だな!



『これは 間違いなく 自分が幼稚な人間だったと気付かず 長男を苦しめた事が一番だな!』







「それは 私の責任でもあるけどね!」








『次は 馬鹿みたいに最高道徳を学んで あんな父親と家族を作ろうと 土下座までして 親孝行をしようとしたことかな・・・ 』






「それも マー君が 6人の家族を思ってしたことでしょ 」







『最後は 区画整理で 最悪の場所に移転させられて 新しい家の間取りの失敗と 裏の人の騒音で苦しんでいることかな・・・』







「そうか・・・騒音はマー君のせいじゃないし 間取りは失敗っていうけど 私はすっごくいい間取りで 住みやすいけどね!」








こんなことを 妻に話しましたが 私の嫌だったことなんて 今までの妻への苦痛の数に比べたら 大したことはありません



どれだけ 私は妻に 嫌な思いをさせてきたか・・・・






だから 妻には ”30年間で嫌だった事”を 私からは聞きませんでした














クリームソーダ―を作ってくれた彼に感謝を!


お写真の方が 私達の思い出のクリームソーダ―を作ってくれたウエイターの方です


お会計の時に 私は彼にお礼を言いました



『クリームソーダ―無理を言って作ってもらって ありがとう御座いました コロナ禍で最悪の結婚記念日だったんですが お兄さんの作ってくれたクリームソーダ―で 最高の結婚記念日になりました 30年間 6月17日に ここに通って 今まで一番の結婚記念日です・・・』と!




いつもより 多かったアイスクリームを食べながら 私と妻は あっという間の30年間の結婚生活を 沢山 語り合うことが出来ました








ほんと 今まで 浮気もせず 女性遊びをすることもなく 妻だけを見つめてきて良かった








他の男性から見たら 遊びを知らない惨めで侘しい30年間に見えるかもしれませんが 遊びを知らないっていうのもイイもんです・・・OTL~














それから レストランから帰って 私は 昨年行った 沖縄の旅を思い出して 計画していた北海道の旅を 諦めることにしました・・・・OTL~ 




















































2020年5月18日月曜日

本日 引き渡し 彼は約束を守ってくれた!だから私も・・・




本日 契約から1年2カ月 無事に ベル商店の 住宅の引き渡しが 終わりました







しかしながら Project ”B” code name” 私は人を信じない!は 大失敗に終わり 当初の計画からは かけ離れた 住宅になってしまいました







 11月から 2か月間の酷い鬱状態からの 建築途中での設計変更 無茶苦茶になった間取り 突貫の大工工事での材料の手配 気の狂うような仕様決め!






完ぺきだった Project ”B” は もはや 見る影もなく 木っ端みじんに 砕けました





そんな 砕け散った ベル商店は 彼のお蔭で 再生できました





いや!彼一人の力だけではないな 何度も図面を書き直してくれた現場監督と 事務所で細かな資料と見積もりを何度もやり直してくれた事務員さんたちの力によって 私の家族は 今日 笑顔を取り戻せました
















彼は約束を守ってくれました






































無事に 岡崎ジューケンの社長様より 自宅の鍵を 受け取りました




鍵を受け取るにあたって 思う





私は 多分 歴代 岡崎ジューケンの施主の中で 一番 最低なお客だと思います






異常なまでの 考えられない我が儘を言って クレームをつけて 嫌な思いをさせ 無理を押し付け それでいて 建築費を値切る





私のやった事は 普通の建築会社だったら 直ぐに見切るか 必要以上(ボッタクリ価格)の追加金を請求するか!ですが こちらの岡崎ジューケンさんは 最後まで 私の要求’(我が儘)を聞き入れて下さり それでいて 最低限の追加金で 工事をして下さいました






そして 1年前 私に 社長様が 言った




「一緒に 良い家を 造りましょうよ!」






この言葉を 彼は 守ってくれました 







くどいぐらいに言いますが 本来の Project ”B”は 大失敗に終わりましたが 予算を究極にまで抑えたうえで 素晴らしい家を 作って頂きました





ここに至るまで 沢山の偶然や 奇跡ともいえるようなタイミングで 出来上がった家です




これは もう ジューケンの社長様の 運気とでも言いましょうか!経験値とでも言いましょうか! この人 何か持っているな~って 思わせる 不思議な力がある人でした




それでいて  人を 絶対に騙さない信念が 根底にある様な・・・・











だから 私も 彼が私との約束を守ってくれたように ・・・・・















このProject ”B”には もう一つの思惑が有りました





それは 満足のいく材料で 満足のいく設備で 理想的な家を 極限まで予算を抑え 安く建てる!ということでした









安い材料で安く建てるのは どんな建築会社でもできる 高い材料で高級住宅を作るのはハウスメーカーが出来る しかし 高い材料で安い家を建てる建築会社は無い





しかし それを 現実にしてくれたのが 建築費を必要以上に抑えて頂いた岡崎ジューケンさんと 材料を格安で譲ってくれた イーケンさんです





私の手に入れた家は 彼らの優しさと思いやりから 出来た家なんです








だから 私も 八百屋という仕事を通して 彼らから頂いた ご好意を返させて頂きます







千人近い 小さな子供さん達の給食材料 市内の学生さん達の調理材料 お得意様である飲食店様への野菜 ご葬儀のお供えの果物 





今まで以上に 質を落とさず ギリギリまで抑えた利益で 販売させて頂きます








岡崎ジューケンの社長様 監督 事務員の皆さん 各業者の皆様 そして イーケンさん ありがとう御座いました 






私が得たものは 家だけじゃありませんでした 何か もっと大切なものを 頂いたような気がします

















今後 私が得たものは何なのか・・・・を 探し出すように 少しずつ 岡崎ジューケンが作った家を 建築風景の写真と共に BLOGに アップしていきます









家を建てるって 本当に大変!



見えない所で 建築会社のご苦労が よく分かりました・・・感謝




 


















2020年4月1日水曜日

4月になって 次男の巣立ち!






本日 6:15


コロナウイルスが蔓延する中 次男は 私達から 巣立っていきました!




19年前 安城の七夕祭りの開催を目前にした 暑い夏に 生を受けました




その時の2952gの赤ん坊は もう  大人に成って 独り立ちできるまで 育ちました








この子から


沢山の 笑いある楽しい時間を 貰いました


沢山の 前を向く勇気を 学びました


沢山の 人間の深さを 気付かせて頂きました


沢山の 無償の愛を 注いでもらいました・・・・




だから 私は この子に エールをおくります






頑張れ 次男! 頑張れ!








夢に向かって歩き始める・・・


















次男は 栗毛色の髪を 真っ黒に染めて バッサリ 丸刈りにして 小さな体で  職業訓練校で 10ヵ月学んできます



その後 3か月の研修を経て 夢の舞台です




これから 13か月間で 大きく成長してくるんでしょう






次男は 振り返ることなく ギリギリの列車に飛び乗って行きました







・・・・・・・・・






・・・・・・・・・






これ 3年前にも 同じようなこと書いていたぞ!





うぅん~ なんか・・・・ ちょっと待てよ 





これ 3年前の長女と 同じ状況じゃん!








2017年 4月になって 長女の巣立ち!












いやいや しかし 次男は 少し違っていました





今年 コロナウイルスが 世界中を巻き込んで パンデミックの状態が 続いています





本来 私たちは 10日後の入校式に 参加の予定だったのですが 保護者の参列は 中止となりました





そのため 数日後の次男との 再会ができません





そして 本来ならば 1か月後 帰省を許されるのですが 今年は それも ままならず いつ 帰省できるのか 目途が立っていないのが 現状です





小心者の次男 正直 姉に 職業訓練校で どんなことが行われるのか 脅されて 少し臆病になっていました





それでも 保育園のころから 夢を描き この仕事への 強い意志を持ち 気持ちを奮い立たせています








その次男 長女と 大きく違ったのは








大きく一礼をする次男!





























次男は 私たちに 大きく 頭を下げていきました


「 頑張ってきます! 」と・・・・



小さい頃から 家族思いで いつも 私達を助け 兄姉を助けてきました



本来 頭を下げるのは 私達の方です











次男が ここまで来るのに・・・・







今年の 採用試験 



受験者数426人



 一次合格者397人 




本年度採用人数138人 




次男の合格順位は 60位でした 










そんな次男 昨年は410人中 386位!




1年前 不合格の通知を貰った後 相当 いじけて ふてくされていたのですが 4月に入ると 一変 アルバイトをしながら 自分の稼いだお金で 専門学校へ 通い出しました







バイトをして自力で入学!

























ここで 多くの事を学び 沢山の友達と出会い 自分の小ささを知ったそうです



採用試験の成績を上げることも大切ですが 次男は それ以上に 人を学んできました




昨年の採用試験は ほぼ 最下位の順位で不合格になって いじけて 八つ当たりをしていた自分を 反省し なぜ 不採用になったのかを ここにきて 沢山の先輩たちと 話をして 気づいたそうです





ふと 思い出します 







10月の2次試験である 面接試験で 私は 次男に こうアドバイスをしました


『剣道で県大会に出場したこと! 漫才大会で地区優勝をして なんばグランド花月で漫才をやったこと! そして 私の従兄が県会議員で その職種の副委員長をしていること! それを 全面的にアピールしろよ! 』 と・・・・





しかし 次男は 私に言いました





「 俺 そういう事は 言わないんだ 自分がなりたい この仕事に 剣道とか 漫才とか 関係ないから それに 県議の今井君のことも・・・ もし そんなので合格したら 俺 一生 今井君に頭が上がらなくなっちゃうから 逆に 俺が 頑張って 今井君が あれ 僕の親戚ですって 自慢できるような 人になりたいんだ! 」



私は その 次男の言葉を聞いて 自分が恥ずかしくなりました





いつの間にか 次男は 遥かに 私より 大人に成っていたことを 思い知らされたんです







やっぱり 私は 狡賢く 欲張りな 汚い大人でした・・・・





最後に 次男は 私に 言いました





「 俺 昨年 不合格したの 自分に 覚悟が無かったから・・・ 多分 それを見抜かれたんだと思う でも 今は 違う この仕事への 覚悟が持てたんだ!  だから 大丈夫!! 」と・・・・


最終の 面接試験に挑んでいきました



その2次試験の 2か月後 次男の言った通り 12月13日 9:00 大分県の自動車学校の寮で 合格通知を受けました









卒業式





















無事に 専門学校を 自分の働いたお金で 卒業です


彼ら 専門学校に居る全員が 目指すものに合格できたわけではありません もう一年 延長する者 想いを遂げられず 諦める者 妥協する者 ここには 沢山の 自分の将来を真剣に考えている人達がいます




次男は そういった 先輩や 友達や仲間の中で 大きく成長できたんだと思います





この1年の時間が ほんの少し 次男の視野を広げたんですね







その後 次男は 昨年 卒業した 安城南高校の担任だった先生に 合格を伝えに行きました



そこで 先生に

「 俺 遠回りしたけど 今年 合格出来ました でも 昨年 合格していたら 覚悟もなかったから 嫌になって我慢できずに 途中で辞めてたかもしれん・・・ 」




すると 先生は 次男に こういったそうです


【 遠回りしたって言ったけど 案外 それが 本当の道だったかもしれないね! 】



私は 次男から その言葉を聞いて 深い言葉だと感じました




他人から見れば 無駄な一年と お金だったと思う でも 不合格だったからこそ 得られたもの.は とてつもなく 大きいものだったと 今は自信をもって言えます







巣立ちの準備
















3月20日


寮生活の準備をさせてもらいました



今後 私は 次男に 何かをしてあげれれることはありません



せめて 巣立ちの準備を 親馬鹿ながら させて頂きました




男なので 長女と違って 大雑把です




これも いつか 良い思い出になります














6年生の卒業文集 次男の作文



恥ずかしいぐらい レベルの低い 作文です




巣立つ2日前に 私に見せてきました


俺 こんなこと書いてるわ!でも 子供のころからの夢が叶った!



直ぐに 読ませてもらいましたが これが 小学校6年生の書く作文か!文章力無さすぎです



まっ 頭の悪い私の息子ですし 次男とは 何か月もの間 学校を休ませて 世界旅へ行ってしまっていたので 学力は 低かったのは 私のせいでもありますから・・・





でも 保育園の頃から ずーっと 夢描いてきた仕事 あと二日で 次男は その第一歩を踏み出します









巣立ちの前日 断髪式
























3月31日 




次男は 友達からバリカンを借りてきて 私に



「今から 断髪式をお願いします!」と!



次男の 親離れへの気持ちなのか? それとも 散髪代の節約だったのか?



私に バリカンを預けました そして 次女が 掃除機で カットした髪を吸い込んでいます











断髪式の後の動画


断髪式の模様は 妻も撮影していて 10分ほどの動画が残っています



その後 次女が感想を!と言い出した瞬間 12年前の動画を思い出しました




同じく 次男も その時の動画を思い出して 再現をしています




面白おかしく 笑わせた次男 本当は 心細いのだろう





すーっと 6人が一人一人 家族に尽くし みんなで 温かい家庭を作ってきて 長い間 そんな家族が 次男にとって ほっとする空間だったから・・・


これから 他人と共同生活をして 監禁されて 怒鳴られ 蹴られ 怒られ 今の家庭とは真逆のところへ 行くんです










だから 最後の断髪式は 次男が 感謝の気持ちで 目一杯の笑いを 私たちにくれたんです




私は バリカンを入れながら ただただ 次男の安全を 祈っていました




寂しさが込み上げて 涙が流れないように 笑うことを意識して・・・・・








12年前の坊主の動画



可愛いです たまらなく可愛いです


この動画は ほんの一部ですが


本当に 私の人生において 最高の時間を 次男から 頂いてきました




他愛もない時間 されど 愛溢れる時間




4人の子供たちの 親に成れて 本当に良かった





















断髪式後 次男との最後の写真!









































妻が撮影してくれた このBLOGにあげる 最後の写真

今後 次男の写真は 正面で アップすることが出来ません





これが 私の 子育ての終止符です





最後に あなたの髪を切らせてくれて ありがとう!








私の 子育て 最後の大仕事です











次男へ

私は もう 人としても 男としても あなたより 劣る人間になりました



だから あなたに 助言することはありません



ずーと 私を助けてくれて ありがとう御座いました



あなたと行った 世界中の場所 そこで出会った人たち 



みんな あなたが連れて行ってくれて あなたが出会わせてくれました



今 その時の 思い出 記憶が 私の人生の支えになっています








あなたは 私の命 そのものです



20年間 ずーっと 私は あなたに 救われていました




あなたが 今日 巣立つとともに 私も 本日をもって 子離れします






これからは あなたのお母さんである 妻を もっと大切にしていきますね











10か月間 頑張れ!頑張れ! そして 弱者に寄り添える人になって下さい 









あなたから 沢山の愛をもらった 父より

















卒業したら 私が あなたのお母さんさんから教えてもらった なぜ人は働くのか?の答えを このBLOGに書きますね