2016年8月25日木曜日

次男 一人旅 2日目広島 3日目大阪 ある女性からの励ましの言葉!

次男の旅日記


次男に取って 初めての一人旅 初めて泊まるゲストハウス

何もかもが 初めて尽くしの一人旅 


8月24日

2日目の今日は 原爆ドームへ 向かうことに したようだ


この旅で 一番の 目的にしていた広島の原爆ドーム


次男は 何を感じ取って行くのだろうか?







次男の旅の 足取りを 追ってみます









AKICAFE INN GUESTHOUSEを出る
このゲストハウスの良い所は JR広島駅に近い事もありますが 広電の猿猴橋町駅の 真ん前にあります


それに乗って次男は 原爆ドームへ向かいました








広電 車内の様子



















広電(ひろでん)の愛称で親しまれている広島電鉄の路面電車は 100年以上も 広島市民の暮らしに沿って走り続けているそうです

その規模は 全国で 路面電車が走る 約20ヶ所ある街の中でも 一番だとか!

車両数 136編成 営業キロ35.1km(軌道16.1km・鉄道19km)




昭和40年代 私が生まれたころから 全国の路面電車は 渋滞の原因として 廃止されていきました


この広島の路面電車は 民間会社の為に 国の政策方針からは除外されたみたいで なおかつ 廃止された車両を 中古で購入し 経営状態を改善し 生き残ったみたいです



それと 何より 広島という 街の大きさが 路面電車の利便性を発揮し 市民の生活に密着していったんですね

私も 20年前に 長男と 広島へ行きましたが とっても綺麗な街だったなって 印象が残っています






原爆ドーム






















原爆ドームの前身は 特産物の展示などを行なう広島県産業奨励館でした 
チェコ人のヤン・レツルの設計によって1915年に竣工 噴水を備えた洋式庭園をもつレンガ造りの窓が多い3階建ての建物は当時の広島市民にとって非常に珍しく 川面に美しく映る姿とあいまって 広島の名所のひとつとして知られていました 
そして1945年8月6日 一発の原子爆弾が投下され広島の街は一変します 
爆心地から北西約160mという至近距離にあったこの建物は爆風と熱線を浴びて大破しました



広島平和記念資料館




















広島平和記念資料館は 原子爆弾による被害の実相を世界中の人々に伝え ヒロシマの心である核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に寄与することを目的に 1955年(昭和30年)に開館しました 
1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分 広島は世界で初めて原子爆弾による被害を受けました まちはほとんどが破壊され 多くの人々の生命が奪われました かろうじて生き残った人も 心と体に大きな痛手を受け 多くの被爆者が今なお苦しんでいます 
平和記念資料館は 被爆者の遺品や被爆の惨状を示す写真や資料を収集・展示するとともに 広島の被爆前後の歩みや核時代の状況などについて紹介しています 






平和の泉



















高さ1m、幅4mの大谷石の壁、その左端にある陶製のライオンの口から絶えることなく流れる水は、苦しみの中に与えられてはならない“水”を求めて、もだえた人々の思いをいつまでも伝え続けています


ライオンの口が 次男の肩で 隠れてしまっていますね




原爆の子の像
























2歳の時被爆し 10年後に白血病を発病して亡くなった佐々木禎子さん 

その死に衝撃を受けた同級生たちが 「原爆で亡くなったすべての子どもたちのために慰霊碑をつくろう」と 全国へ呼びかけ 全国3,100校余りの生徒と イギリスをはじめ世界9か国からの支援により 完成したのが 高さ9メートルのこのブロンズ像です


三脚のドーム型の台座の頂上に金色の折り鶴を捧げ持つ少女のブロンズ像が立ち 左右には明るい未来と希望を象徴する少年少女の像があります 

像の下におかれた石碑には 「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」という碑文が刻まれています






原爆死没者慰霊碑














原爆死没者慰霊碑(公式名は広島平和都市記念碑)は ここに眠る人々の霊を雨露から守りたいという気持ちから 埴輪(はにわ)の家型に設計されました 

中央には原爆死没者名簿を納めた石棺が置かれており 石棺の正面には 「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれています 


この碑文の趣旨は 原子爆弾の犠牲者は 単に一国一民族の犠牲者ではなく 人類全体の平和のいしずえとなって祀られており その原爆の犠牲者に対して反核の平和を誓うのは 全世界の人々でなくてはならないというものです








次男 それなりに 自分で調べて 自分の力で 周っているみたいです



私も 20年前 ここへ来たとき 来てよかったって 思いました



ここ愛知県では 原爆を身近で感じることはありませんでしたから 広島へ行って 原爆に対する考え方が 大きく変わったことを 思い出していました



次男は どのように感じたかわかりませんが まずは ここへ 行ったことに意味があるように思います














広島城


















広島城は 豊臣秀吉の五大老の一人として知られる毛利輝元が築いた典型的な平城です 
江戸時代には 福島氏 次いで浅野氏が居城していました



次男 ちゃんと 観光もしていたんですね





広島護國神社
























広島護國神社には 

双鯉の像(そうりのぞう) 恋愛成就や夫婦円満

昇鯉の像(しょうりのぞう) 難関突破や目標達成にご利益


この 2つの鯉の像が 本殿の両脇に設置されています


次男は その像を なでなでしてきたみたいですね




広島城の別名は 鯉城(りじょう)と 言うそうです

プロ野球の広島カープの「カープ=鯉」も 鯉城から名づけられたとも 鯉が滝を登る出世魚であるところから名づけられたとも言われているみたいです







恋みくじ
























思春期の青年は 恋多きお年頃ですね


奥手な次男 神頼みか・・・・・・・



次男の恋愛事情は 秘密にしておきますね








広島の晩飯は・・・・・




















18:00頃 LINEで 連絡を取ると 気づかれもあってか ゲストハウスで 休んでいた


晩飯食った?って 送ると


早めに食べた!と・・・・・


私の勝手で 広島風お好み焼食べろよ!と 要望する



18:30から 駅近くの 広島風お好み焼の有名店へ行くも 満席で 駄目だったらしく 駅ビルへ 行くことに!




次男が見つけた 飯屋!広島駅ビル ASSE(アッセ)にある おゝ井です







おゝ井の 広島風お好み焼き






















しっかり 食べてきました


LINEで うまかったでぇ って この写真と 共に 送られてきました




その後 ゲストハウスへ戻り 明日の準備をしていました












8月25日 3日目のスタート





































ドミトリーのベット


ここで次男は 2日間 寝ていたようです



今日は 9:00の列車で 大阪へ向かいます






























このルートの 1時間後の列車に乗りました

広島から 大阪

337.8Km 5時間23分の移動 各駅停車の18切符で 4回の乗り換えです







姫路 途中下車




13:40 

姫路で降りて 姫路城へ向かいました




姫路城
姫路駅から 徒歩 直進で15分ほどです










Osaka Guesthouse Hive(ハイブ)















15:40 大阪駅に到着して 駅近の宿屋を探しました


本日 宿泊する HIVEゲストハウスです


学生割引 10%で 2400円だそうです



HIVEの内部




2階のゲストルーム





荷物を置いて 大阪の街へ繰り出します





通天閣へ


























大阪では 1泊の予定


次男に取っては 大阪は あまり興味が無いようで 数時間だけ 周る予定




大阪名物 たこ焼きを食べる








































ソースが 垂れてるやん!







ゲストハウスへ戻る




















列車の移動と 連日の疲れと 人混みの中の緊張で 早めに 戻ってきて シャワーを浴びて 早く寝たいようでした




部屋の様子

















ドミトリールームは 2段ベット!







次男の使用するベッド














調子が悪そうなので 妻とLINE電話を19:00頃に してみました



すると次男は このベットに座っていた

iphone越しの次男は ちょっと疲れ気味だった



どうした 大丈夫か?と 聞くと 


ドミトリーのせいか 聞こえない程の小声で 私達に応えてくれた


今日は ちょっと疲れちゃって・・・・・と 



話の内容からも 大阪には あまり興味が無さそうでしたし 列車の移動も 辛そうに見えました



直ぐに 状況を判断して LINEの電話から メッセージへと切り替える






疲れ切った次男に 励ましのメッセージ




この息子の旅の写真を 私は自分のFacebookに UPしました


私のFacebookは 海外で知り合った人としか 友達になっていません 

その友達になった殆どの人達が 次男がまだ小学生の時に知り合った人達です


その 私と旅をしてきた幼かった次男が 今 国内ですが 一人で旅をしています


その姿を見てもらいたかった為 写真をUPしました


すると ベネチアで お友達になった女性が メッセージを入れてくれました


そのメッセージは・・・・



高1でひとり旅なんて、たくましい男子なりましたね!



私は嬉しくて 直ぐにメッセージを返しました


今 大阪です 初めての一人旅ですが 話を聞くと 内容は薄そうです
家族では 罰ゲームって言われています
私としては 消極的な性格になってしまった次男に自信を付けてもらいたいと思ってさせました




次男から来るLINEのメッセージや 旅での食事 ゲストハウスでのコミニュケーション 小さな事では衣類の洗濯が出来ていない事など 次男のしている旅の内容が 薄くかんじてしまって それを メッセージで返信しました


実際 次男から  正直言って 辛いデェー!って LINEで 帰ってきていました



確かに 自分が どうしても行きたくてしている旅では無く 自分への挑戦!的な旅になっていますから


数時間後 さらに 彼女から メッセージを頂きました



内容なんて なくても大丈夫ですよ、ひとり旅なんて そんなものじゃないですか😊 高校生が一人で 何日も過ごすことがすごいですよ!
自信になると良いですね。熱中症には気を付けて〜




このメッセージを頂いて はっ!としてしまいました



ひとり旅なんて そんなものじゃないですか



私は この言葉で 原点に戻ることが出来ました


私の ”子供と世界の旅” も よく考えていたら 始めたころは 内容なんて ありませんでした


あのころ 知らない世界を見ることだけで 楽しくて! 行くこと そのものに 意味を見出していました 


だから お金をかけずに ケチケチの旅でも 楽しかったんだと思う





ほんと 旅って そんなもんだったんだよなっ~~~





私は 直ぐに 彼女から貰ったメッセージをiphoneで 写真にとって 次男に 送りました





次男も それを読んで 勇気を もらったみたいでした





ありがとうございました 次男ともども 本当に感謝です





本日 次男からの最後のメッセージは ”明日京都へ向かう!” です


なにか 自信に満ちたメッセージが 返ってきました








最後の目的地 京都 ここでは 次男に 何が待っているのだろう?



























2016年8月23日火曜日

次男 初一人旅 1日目 博多から 広島へ 臆病風に吹かれて・・・・

本日 8月23日 次男が 一人旅に出ました!








8月19日 セントレア空港



中部国際空港セントレアから ジェットスターで 博多へ向います




今回の旅は 私が 勧めました


高校生になって 一人旅を 経験させたかったからです



次男は 8歳から 私の ”子供達と世界の旅”を 始めました





一番最初は 18切符での 東京日帰り旅でした




誰でも 簡単に出来る旅を 私は 出来なかった


お金が無かったのも理由ですが やはり 勇気が無かった


鉄道に乗る知識も 他人と接する要領のよさも無い!


見方を変えれば 対人恐怖症とも 言えますね


それだけ 気が小さい小心者だという事ですが・・・・・・





でも 子供達の 次男の力を借りて 旅をして 多くの事を学び取ってきました






その次男 

今の次男は 世界中を旅していた頃の 天真爛漫で 自信に満ち溢れた次男では 無くなっています


小学生の頃は あんなに 人が好きで 誰とでも すぐに友達になって 言葉の壁さえ 超えてしまう子供だったのに・・・・・・



多分 人との絡みの中で 少しずつ 消極的になって行ったんだろう



中学1年生の時に 人の汚さ 狡賢さを目の当たりにし 嫌な経験をしていたようです





頭の良い人間は クラスで自分が中心になる為 誰からも好かれる立場になる為 キラ(嫌われ者)を作ります 次男は そのキラにされました


当然 学級担任も 次男を そういう扱いにしました!

もちろん 次男が 良い人間だというつもりはありませんが 人は 綺麗な事を言いたがり いかにも自分が善人である事をアピールしたがります

良い人間を装う為には 対象となる悪い人間を作った方が 引き立ちますからね


次男の当時の担任も 優等生の生徒と比べて 次男が必要以上に悪に見えていたんでしょう


幼稚な次男でしたが 自我が強かったでけで 悪い人間では無いのですが 長い目で 次男を理解していただけませんでした


中学2年生からは クラスも変わり 優等生も 担任も離れた事で 良くはなったのですが 何でも積極的に挑戦する次男では 無くなっていました





良くも悪くも この先 人の裏を 学ばなければならないので 良い
きっ掛けに なったのですが その一方で 私と同じく 気の小さい性格が 出てしまいました




そんな 高校生になったばかりの次男に 私は 一人旅を勧めました




次男は 男気を出して やってみると言ったのですが 内心 怖くて怖くて仕方が無いようでした



その恐怖を 妻(母親)に 当たる事で 誤魔化しているようでしたが 次男の気持ちは よく分かる 



それは 私も同じだから 私の海外の旅も 行くまで チケットを買ってから 毎日 不安との戦いだったから




これから 次男がする一人旅が どんな旅になるのか分かりません



行かなきゃ良かったと思うかもしれない 


行って良かったと思うかもしれない 

嫌な思いをするかもしれない 

楽しい思いをするかもしれない 

人の親切に触れるかもしれない 

悪い人間に騙されるかもしれない


それでも 行ってほしい!




まず 1歩を踏み出して 何にでも 挑戦してほしい!




そう願わずには いられない!







ジェットスター GK587便






8月19日


17:35 名古屋発 福岡行き GK587便 6350円



































福岡空港へ 無事に飛び立ちました


4日ほど 妻の実家でお世話になって 23日より 博多から 一人旅に出ます






8月23日6:00 博多駅


早朝より 青春18切符 3枚券を持って 愛知県まで 旅しながら帰ってきます





 博多駅改札口 元気で 頑張って来いよ!





































大きく手を振って 気合十分!


沢山の事を 学んでこいよ そして 大きくなって 帰ってこい!


身長じゃなくて 心のほうね!




博多駅から向ったのは 広島です


302.4Km 6時間40分の移動 各駅停車の18切符で 4回の乗り換えです

















こちらが 予定をしていた路線ですが 次男は 岩国で降りて そこで町ブラをしていたようです





13:40 無事に広島に着いたようです














今回の旅では 次男にLINEで 写真を送るようにお願いをしておきました


そりゃ 未成年ですし ちょっと心配なので・・・・・





広島駅で 宿泊するゲストハウスを 探します









広島駅の近くで ゲストハウスを 探している所です


さすがに 高校生の一人旅 HOTELなんて 泊まれませんからね・・・・高くて!



安い宿屋を探します






akicafe inn guest house hiroshima


駅近で こんな安い宿を見つけました


ドミトリーで 2700円だそうです


受付の方も 親切で 良かったみたいですよ




次男の部屋
















二段ベット 一つ分!








共同のシャワールームです
















鏡越しに 次男が写っていますね







今日の広島は 厳島神社へ














ゲストハウスに荷物を置いて 出かけます




戻る形になりますが 宮島口駅までJRで なんてったって 18切符! 1日乗り放題ですからね



船に乗って 宮島に向います





厳島神社の観光


















行けたみたいですね


次男 ここが どんな所か 知らないんだろうな~


日本三景の一つなんだぜ~~っ








広島 宮島からの写真です




何とか 一人旅 成立しているみたいです



明日は 原爆ドーム 広島原爆資料館へ 行くそうです




今年の終戦記念日 私たちの鑑賞した映画 ”夕凪の街 桜の国”は 次男の一人旅 広島編の為の 映画だったんです




次男よ そこで 人を 学んで来いよ!