2020年8月15日土曜日

本日は75回目の終戦記念日 我が家は・・・

本日 75回目の終戦記念日になります


今年は コロナウィルスで 世界中が大パニック状態 そんな中で 終戦記念日を迎えました


子供達が小さい頃は 6人でしていた絶食も 4人全員が社会人になって 今年からは 妻と私 2人で 絶食をさせて頂きました







未だに 裏の家からの24時間熱交換式換気の騒音は止まらず 家族全員 睡眠不足状態で 苦しみ 体調はすぐれませんが 戦時中の空腹を感じるために 絶食を決行!





まっ!自分に酔ってます・・・






騒音での睡眠障害なんて 戦時中のストレスに比べたら 大したことはないんでしょうけど!









毎年 色んな意味で 終戦記念日は 考えさせられます









本日は 空腹の中 午前 午後と 気温38度と うだるような暑さで仕事を終えると 夕方ごろから 久しぶりに友人が家に来まして 4時間ほど 妻と私と友人で おしゃべりをしていました




私は 小さな自営業ですので 世間が狭いため 友人から 自動車業界の経済状態や 一般的な巷の話題などを 聞きながら 現状の社会を把握します





久しぶりの友人との話で お腹がグウグウなりながらも 楽しくて 空腹はまぎれ あっという間に 深夜へ 時間が流れていきました







そして 恒例の 戦争映画の鑑賞へ・・・・・













今年の終戦記念日映画は・・・・

激動の昭和史 沖縄決戦






昨年 2019年10月31日 沖縄の首里城が 大火災で焼失してしまいました






歴史を遡ると 太平洋戦争中の沖縄戦において日本軍が首里城の下に地下壕を掘り陸軍第32軍総司令部を置いたこともあり 1945年5月25日から3日間に渡りアメリカ軍艦ミシシッピなどから砲撃を受け 27日に 焼失したとされています





昨年の首里城火災は ある人にとっては 沖縄戦を思い出す情景だったのかもしれません




そんな沖縄へ 私たちは 19年の元旦 名古屋―那覇 往復15000円のチケットで 妻と二人 24時間の滞在で 首里城を見学しております












だから 今年の映画は 激動の昭和史 沖縄決戦にしました






1971年の映画なのですが 史実に基づき 沖縄決戦の流れが分かるように 再作されていました




ガダルカナル島 硫黄島 サイパン島と 米軍に落とされ 本土決戦を避けるべく 防衛ラインとなった沖縄決戦 映画ながら その情景を 現実のものと空想してしまい 改めて 今の時代の日本・・・観光で行った沖縄那覇は 戦争で焼かれた街 敗戦し米国の支配下にあった街とは 思えない発展でした







沖縄の戦死者
住民約15万人以上 旧日本軍9万4136人



当時の沖縄県民の4分の1が亡くなられたことになります





亡くなられた方の中には 集団自決もありました 家族で手榴弾を囲んで爆破するという映像も この映画にはありました







今 ネットでは 実際その体験をされ 生き残られた方の 後世へ語り継ぐお話が いくつもあります




忘れてはいけない 歴史の 1ページです







ほんの75年前の話・・・・・














そして 15日を終えようとする時 二人で頂きました













二人で1つの焼き芋を食べる・・・
映画を見て 毎年のことながら 今の自分たちの豊かさに感謝して 妻と 1つの焼き芋を割って 頂きました






今の時代では 味気の無い焼き芋ですが 空腹状態で頬張ると とっても美味しく感じます







毎年ながら 空腹で 戦争映画を見て 自分に酔って 涙を流し 妻と話す




戦争を知らない時代を過ごせて幸せだと もっと言うと 冨に栄えた日本に 生きていることに 感謝





いったい いつまで こんな時代が 続くのだろうか?




いったい 私は いつまで 綺麗ごとを並べる幼稚な人間でいられるのだろうか?





ずーっと この国が 戦争に巻き込まれないとイイな・・・・











終戦記念日 戦死者ならびに戦災死者の顕彰と哀悼の意を表します



先人に感謝・・・・・