今回の旅は 私にとって 生き方を 大きく変えた旅になりました
序章
私の”子供達との世界旅”は 8年前の長女との旅からだった
長女は まだ 中学1年生の13歳
行った先も アメリカ! 航空券とホテルの予約のみ
その飛行機の乗り方が 分からない ましてや 国際線なんて皆無!
当然 乗り換えも分からない
情報収集のPCも まともに使えない 携帯もガラケイで・・・・
それなのに 現地では レンタカーまで借りてしまう有様
現地に到着して 空港からホテルまでのバスの中 走っている車を見て 長女が言った言葉を思い出した
「パパ 走れるの?」
恐怖に怯える娘の目が 未だに忘れられない!
娘も よく知っている 私が臆病で 幼稚で 世間が狭いことを・・・・・
そんな私が アメリカの道路を 車で走ろうとしているのだから 怯えて当然だろう
でも そんな 私には 強い味方が居た それが従兄弟の とも君だった
私は 彼に頼って 海外の旅を始めたのだ
実際 最初の旅も トラブルばかり そのたびに 彼と連絡を取り 解決しながら旅を終えていた
あれから もう 8年 沢山の国へ 子供達と旅してきた
全部 彼のお陰だった
今年の2016年 私は 長女との旅を計画していた ベトナム縦断の旅 国鉄でハノイからホーチミン
それを 彼と相談しながら予定をしていた
その彼が 急死してしまって 私の”子供達との世界旅”は これで もう 終わった!・・・・・
そう思っていた
旅だけでは無い
父親としての自覚 親や他人への接し方 常に起こるトラブルの解決 甘い誘惑
なんでも 彼に相談をしていた!
それだけ 私は 劣った人間だった 自ら努力をすることもなく・・・・
これから 来るであろう 彼との老後の生活も
この先の 私の 彼に頼った楽な生き方 安心した生き方が すべて 終わった!
そう思っていた
彼が亡くなって 全てを失った! と思った
私にとって 彼は いつも 甘えられる存在 私は 彼に 全てを依存していた!
だから 死を受け入れられなかったと思う 失うものが 多すぎたから・・・・・・・
そして 彼が亡くなって 3週間ぐらいした頃だった
仕事を終えて 何気なく机の前のPCを見だした
なぜだか 無意識にマウスを動かし 航空チケットのページを 閲覧していた
行き先は ヨーロッパ
マウスは”カチッ!カチッ!”と どんどん進んでいった
最後に 行きついた画面には 格安航空チケットが映し出されていた
名古屋 セントレアからヨーロッパの往復 25500円 燃油チャージ18000円
合計航空運賃 43500円 だ!
総支払額は これに空港使用料と発券手数料
私は ヨーロッパの2つの都市を 思い浮かべていた・・・・・
エティハド航空(名古屋⇒北京⇒アブダビ⇒パリ/ミュンヘン⇒アブダビ⇒北京⇒名古屋)
同じパターンで 1月初旬に 調べた時には セントレアからヨーロッパは 10万円前後
ちなみに 成田・羽田発でも 8万円前後 正規運賃は12万円ほど
但し この航空会社は 往路24時間 復路19時間(復路で私達はとんでもない事になりました)
成田⇔パリの直行便は12時間
ここに来て なぜ?こんなに安い航空券が発売されたのか疑問に思いながら 確認の電話をかけると やはり 間違いないようだった
私は 直ぐに 予約を入れた
往路 21日セントレア発 22日 パリ着
復路 30日ミュンヘン発 31日 セントレア着
旅程では オーストリア ザルツブルグを目指すことにした
そして パリとミュンヘンは ある場所を目的とした
娘が夢見る職業の為 そして 私自身が行きたかった場所へ
出発 22日前の予約だった
その出発日は従兄弟の49日法要の翌日
従兄弟も浄土へ旅立つ日に 私も娘と 彼の力無しに旅立つ事となった
従兄弟の死で 一度は諦めた 旅も 何かに導かれるように・・・・・・
彼が残した 私への”彼からの卒業試験”なんだろうか?
見るはずも無かった航空チケットのページ!
目の前に現れた 考えられない安さの航空チケット!
娘に見せたかった場所 十代の頃から行きたかった場所 !
頼れる従兄弟も居ないのに 偶然が何度も続いた
妻の優しさ
チケットを取った事を 直ぐに 妻に相談した
妻は 行くことを 快く 了承してくれた・・・・・いつもの事なので!
ただ 今回は いつもと違い 必要以上に心配をしていた気がする
パリ!ヨーロッパ!は 今や テロの標的の場所ですからね
私は 彼の力無しに 彼との思い出と 彼から教えて貰った知識で 今日 旅に出ます
とも君から 巣立つ為に・・・・・・・彼の導きで!
2016年3月21日 セントレア空港へ
3年前 次男と旅した西ヨーロッパと同じ セントレアから 北京・アブダビ経由でヨーロッパへ
その次男も 見送りに来てくれました
19:30に セントレアに到着して 直ぐにチェックイン
30分ほど 妻と次男との少しの間の別れを惜しみながら 空港内のベーグル屋で時間をつぶす
やはり 夜のセントレアは 何か寂しさを感じる
利用客が少ない国際空港だからな!
18:10 1時間前になったので出国ゲートを潜って 搭乗口へ進む
妻と次男とは ここでお別れ
大人に成った長女と 旅の始まり・・・・・・
搭乗ゲートに到着すると そこには 誰一人 乗客が居なかった!
直ぐにカウンターの係員に 確認する
『すみません!アブダビ行きのお客さんって 誰も居ないんですか?』
「あっ!いえいえ 居ますよ もう みなさん搭乗されているんです」
『そうなんですか?早いですね』
「はい 1時間前から搭乗できますよ」
ビックリする私に 満面の笑みで答えてくれた
女性の係員だったが 彼女の笑顔で 幸先の良い旅の予感がしていた
こんな小さな 些細な事ですら これからの不安を和らげてくれる
私の旅は いつもこうだ! 楽しい旅ではなく 恐怖の旅
臆病な性格は 常に恐怖を感じながらの旅になる だから 安全に帰宅して 初めて楽しい旅に変わるのだ
20:30 機内へ搭乗します
エティハド航空 セントレア アブダビ行き EY889便
エアバス A330-200(332)
21:20 北京へ
機内へ搭乗すると 席はガラガラ
ゲートにも人は居なかったので 多分 私達が最後の乗客だろう
いやはや これが名古屋の現状なんだな
3年前も そうだったが 名古屋からの乗客は 数えられるほどの人数だった
3年後の便も それほど変わっていない
これは 殆どの乗客が北京からで この便は 中国人の為の航空機なんですね
こちらの 名古屋⇔アブダビ便のチケット
エティハド航空のHPで調べると 人気便で いつも 格安航空券は ほぼ満席 完売状態です
その意味が 乗るまでは分からなかったのですが 名古屋の人が多いのではなく 北京からの中国人の方が多いのですね
このことで 復路は えらい事になります
これから 3時間 北京へ
機内食ディナー
21:20 今回は定刻通りに 離陸しました
3年前は エンジントラブルで 1時間缶詰状態で 次男が酔ってしまい大変なことになりました
時間が押して ロンドンへの乗り継ぎも 焦りっぱなしの最悪航空会社だったのですが・・・
今回は すこぶる順調で 安心!
1時間ほどで 機内食のディナーが配られました
メニューの参考にしてください
メニューは 2種類 和風セットと中華コース
エコノミーなので どちらを選んでも 美味しくありません
いつもなら 2種類選んで 食べ比べをするのですが 和食はここだけなので 安全パイで 和風セットを頼みました
和風セットのメインは 海老かつ 卵とじです
これが 意外と食べられました 美味しくないですけど・・・・
ちなみに中華コースのメインは 卵チャーハンと鶏肉の甘酢風味です これも食べられそうですね
多分 美味しくないと思いますけど!
日本時間 00:20 無事に北京に到着しました
ここから 中国の方の搭乗を待ちます
機内で1時間
外を見ると コンテナーが 北京からの荷物を機内に搬入中
小さな窓からですが 外を見渡す
北京首都空港は 大きいですね
世界最大のターミナル3を持ち アジアで最大規模をほこります
日本時間02:30 北京時間01:30 アブダビへ
ほら この通り 満席状態になりました
周りは もう 中国語が飛び交っています
それでも 中国の首都ですし エティハド航空も それなりの航空会社なので 秩序が乱れることはありませんが 圧倒されます
今回も 無事 定刻通り 日本時間02:30 離陸いたしました
なんか 調子 いいぞ!
北京の便は 深夜便になりますので 搭乗直ぐの 機内食は無く 軽食が付きます
ここで しくじり!
この 北京経由の便は カップラーメンが付くのですが それを忘れていて CAが手渡してきた ホットサンドを貰ってしまった
これは 選択だったらしく 渡されるがまま こちらを頂いてしまった
食べ終わってから 娘にそのことを話して 言うだけ言ってみることにした
CAが 私の横を通りかかったので 声をかけた
『Excuse me! CAN I have a Noodles?』
すると 彼女は 軽く微笑みながら
「NO・・・・・・・」
やはり 駄目だった!
そりゃ 機内食を”2つくれ”って 言っているようなものですからね
8年前の 自分だったら こんなことすら聞けなかった小心者だったからな~
ちなみに 3年前はカップメンを食べたのですが それほど美味しいものではありません
どちらかと言うと ホットサンドの方が 美味しいかな
でも この北京便だけですから 娘には食べさせてやりたかったな~っ
まっイイか! 帰りもあるんだから・・・・・・・・・
これが・・・・・・・・・・・最終日の記事でね
狭いながらも 仮眠を取りながら 少しずつ時差を埋めていきます
映画も 有るのですが そこはアラブ系の航空会社 日本語吹き替えや字幕のある作品は4・5本ってとこですね
ひたすら 耐えながら 寝ます
Zzzzzzzzzzzz・・・・・・・・・

北京を01:30に離陸して7時間ほどすると 朝の機内食が配られます
北京時間 08:30 日本時間 09:30 アブダビ時間 04:30
私のメニュー
スクランブルエッグ
ポテトウェッジ、ビーフソーセージのグリル
ラタトゥイウ
言うまでも無く 美味くない!
娘のメニュー
ローストチキンのメダリオン
ベジタブルヌードル
かいらん菜醤油風味
そこそこに食べれたらしいが 美味しいわけではありません
とりあえず 2回目の機内食を 完食!
機内食に関して いつも思う
これ 弁当じゃ駄目かな・・・・・
300円ぐらいの弁当の方が美味しいと思うんだけど!
せめて 日本便ぐらいは!
ま!衛生面からして無理だろうけど・・・・・
アブダビ時間 06:30 無事に到着しました
タラップで降りて バスでゲートに向います
ここまでの所要時間 14時間10分
今回は 定刻通りで順調
これから乗り継ぎをしますが 2時間30分あるので 余裕です
私は昨年 長男との旅で こちらの空港を利用していたので 珍しくも無いのですが 娘は アラブの雰囲気が ちょっと刺激的みたいでした
セキュリティーチェックをしてターミナルへ向います
アブダビターミナル
お金持ちの国のターミナル ドバイほどではありませんが それなりに高級
それと 新ターミナルの建設が始まっていました
2017年7月予定だそうです
時間つぶしに マップで アブダビ空港の位置を確認!
中東でも 高評価の空港なので 乗り継ぎも 簡単
帰りの便の乗り継ぎが 1時間しか無いので心配ですが これなら 普通に30分もあれば 目的のゲートまで行けそうです
パリ=シャルル・ド・ゴール空港へ
ゲート待合 ヨーロッパ便は 待合も綺麗で大きいです
最後のフライトになりました
34ゲートから
エティハド航空 パリ行き EY37便
ボーイング777-300ER (77W)
ここも定刻通りに アブダビ時間 08:40より 搭乗が始まりました
当たり前のことですが フランス人の方が多く搭乗されていました
機内では フランス語が飛び交い これから向うパリへの準備ができます
アブダビ時間 09:10 日本時間14:10 アブダビ空港離陸
7時間45分のフライトです
座席の感覚ですが 相変わらず エティハド航空の機体は 狭い!
LCC並みの 狭さです
同じUAE系の航空会社なら 間違いなく ドバイのエミュレーツ航空の方が上ですね
う~ん エミュレーツ! セントレアのフライトが無いのが 本当に悔しいな~っ
機内食 ランチ
離陸して 1時間ほどで 3回目の機内食が配られました
私のメニュー
Authentic Guif fish biryani
本物のペルシャ湾の魚のビリヤニ
昨年の中東の旅を思い出して 頼んでみました
一応 食べれる範囲の食事
パンの下にあるのはKidney bean(豆)なのですが これは味が無いので 残しました
娘のメニュー
Chicke with tomato mushroom sauce
鶏肉のトマトとマッシュルーム煮
mash potato and seasonal vegetable
マッシュポテトと季節の野菜
これも 一応 食べれたそうです
丸一日 美味しくない機内食に 座った姿勢 ある意味 ”拷問”
格安航空券での移動とはいえ やはり直行便(エールフランス)の12時間は 魅力的ですね
ケチと言う物は ホント 忍耐です でも 時は金なりなんですが・・・・・
あまりにも綺麗で撮影してしまいました
定刻通り パリ時間 3月22日 14:55(サマータイム前) 日本時間22:55
シャルル・ド・ゴール国際空港 着陸
今回は すこぶる順調に パリまで着く事ができました
セントレアを出発して 26時間で やっと パリの空港に到着です
シャルル・ド・ゴール空港 簡単に入国を済ませた
今 フランスでは 入国カードを書かなくても いいんですね!
イミグレーションも 簡単にパス!
テロの影響で もっと厳しくなっていたと思ったのですが 難無くクリアーで あっけない
さぁ~っ これから 誰にも頼らず 全て自分の判断で 歩き始めます
”娘を無事に日本へ帰す” 最大のミッション ” project E ” 発動です
まだ この頃 パリが! 西ヨーロッパが! とんでもない事になっている事を 知るよしもなかった
それでは 間抜けな父親の 失敗ばかりの旅行記を ご覧下さい